ヤドカリ船長の航海日誌

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インベスターZからの、本多静六「私の財産告白」が読まれ続ける理由

こんにちは。ヤドカリ副船長の妻です。

インベスターZが面白い、と先日書きました。投資で財を成した著名人の本も紹介されていたので、ヤドカリ家でも参考にできることがあるのではと思い読んでみました。まずは、漫画中では家計管理が上手くできない主婦にオススメされていた本多静六の「私の財産告白」です。

私は本多静六も「私の財産告白」も知らなかったのですが、アマゾンでは136件のレビューで星4.5と高評価。1951年に初版発行となってから50年以上、今もなお多くの人に支持される理由はどこにあるのでしょうか。

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1.本多静六って誰?

私と同じように、本多静六って誰よ?という人のために紹介しておきます。

肩書きは、日本の林学博士、造園家。造園家として、日比谷公園、明治神宮、福岡県の大濠公園、など全国の公園の設計・改良を多数行ったすごい人。1866年(慶応2年)生まれ、1952年(昭和27年)に86歳で亡くなりました。

それ以上に注目されているのは、その家計管理方法。貯蓄を元手に分散投資をし、一代で巨額の富を築いた人なのです。収入の4分の1は貯蓄する、4分の1貯蓄法が有名です。

そんな本多静六の生い立ちはというと、元々は、農村の裕福な農家に生まれます。ですが、父親が9歳で亡くなった後は多額の借金のため苦しい生活を送る毎日。それでも向学心を忘れず、苦学して東大農学部を卒業。その後ドイツに留学します。ドイツで師事したルヨ・ブレンタノ教授に倹約と投資の大切さを説かれ、帰国後は未開発の土地を中心に投資し、大成功を納めます。

さらに、60歳の大学教授定年とともに、全財産を公共事業に寄付しているのです。ただの成金で終わらないのがまたすごいですね。

 

2.「私の財産告白」のすごい点3つ

2-1 「4分の1」貯金とその決意がすごい

代名詞でもある「4分の1」貯金。その名の通り、通常収入は入った時点で4分の1を天引き貯金、臨時収入は全部貯金というもの。これはお釈迦様や二宮尊徳など、歴史上の様々な偉人が奨励した方法(分度法)と同じやり方だそうで、本多静六が考えたものではないそうです。

静六曰く、「貯金の問題は要するに、方法の如何ではなく実行の如何である」と述べています。この実行にかける決意がすごいのです。読むと分かりますが、決めたルールを守ることを貫くために、月末にお金が足りない時は毎日ごま塩ご飯で済ませたそうです。子供達に「今夜もごま塩なの?」と泣きつかれてもルールは変えなかったのです。

静六は家族に対し、「気の毒だとか、かわいそうだなどどいうこおは、単に一時的のことで、しかもツマラヌ感情の問題だ。この貯金を続ければこれこれの額が貯まる。今の苦しさは苦しいのを逃れるための苦しさだから、しばらく我慢してくれ」と説得したと記しています。

2-2 投資がすごい

ドイツ時代の師ブレンタノ教授は静六に対し、「財産を作ることの根幹は勤倹貯蓄。その貯金がある程度の額に達したら、投資せよ。貯金を貯金のままにしては知れたものだ。」と投資を勧めます。さらに投資先についても「明治20年代の日本であれば今後の開発を見込んで幹線道路と土地、山林が良い」とアドバイス。

静六はこれをその通りに実行に移します。手始めに日本鉄道株を買い、秩父の山林を一万町歩(1万ヘクタール!ちなみに東京ドームは約4.7ヘクタール)買い付けます。その後日露戦争後の好景気で木材価格が高騰、立木だけで買値の70倍とこの投資は大成功となりました。

 

2-3 副業がすごい

静六は、さらに副業にも積極的でした。「勤労生活者が金を作るには単なる節約ばかりでは十分でない。本職のためになるようなアルバイトに務めるべし。」と言っています。

実際に4分の1貯蓄法を始めた25歳の時から毎日1ページ400字以上の原稿執筆をノルマと決め、継続します。42歳の時に腸チフスで入院し、38日間原稿が書けなかった時は、退院してから遅れを取り戻すためノルマを1日3ページに増量、その後はそれが定着し、ずっと3ページ以上原稿を書いたのです。もう、だんだんついていけないレベルになってきました。。

その結果、なんと生涯で370冊を超える著作物を残します。

 

3.いつの時代もやり抜く力が大事!というメッセージ

すごい点3つを読むと、本多静六が決めたことをやり抜く人ということがよく分かります。節約、投資について色々な人が色々なことを言いますが、結局そんなに難しいことはなくて、決めたことをいかに実行するかが大事なのですね。そしてそれはいつの時代も変わらない、だから「私の財産告白」が今もなお多くの人に読まれ続けるのだと思います。